SaaS事業者の多くが抱える課題の一つに、サブスクリプション売上の管理があります。HubSpotなどのSFA(営業支援システム)は商談管理には優れていますが、月額課金や分割払いといった継続的な売上管理には不向きとされてきました。
月額10万円×12ヶ月のサービスを販売した場合、多くの企業では「120万円の取引1件」として管理し、実際の請求スケジュールはExcelなどで別途管理しているのが現状です。しかし、この方法では営業活動の全体像が見えにくく、正確な売上予測も困難になります。
本記事では、HubSpotを活用してサブスク売上の管理と商談管理を同時に実現する方法をご紹介します。この手法により、営業チームは一つのプラットフォームで効率的にサブスクリプションビジネスを運営できるようになります。
一般的なSFAツールは、単発の商談を前提として設計されています。そのため、以下のような問題が発生します。
売上の可視化が困難 120万円の年間契約を1件として管理すると、実際には月額10万円ずつ発生する売上が見えなくなります。これにより、月次の売上予測や実績管理が困難になり、経営判断に必要な正確なデータが得られません。
請求タイミングの管理不備 商談の成約日と実際の請求日が異なるケースでは、いつ何を請求すべきかの管理が煩雑になります。特に複数の契約が重なると、請求漏れや重複請求のリスクが高まります。
営業活動への影響 営業担当者にとって、実際の売上計上時期と商談の成約時期が乖離することで、自身の成果を正確に把握できなくなります。これは営業活動のモチベーション低下にもつながります。
多くの企業がExcelで請求管理を行っていますが、以下の課題があります。
今回提案する方法では、HubSpot内で以下の2つのパイプラインを並行運用します。
この2つのパイプラインを分離することで、営業活動の管理と実際の売上計上を明確に区別できます。
受注した商談から、按分月数に応じて自動的にサブスク売上用の取引を生成します。例えば、4月に120万円の年間契約(按分月数12ヶ月)を受注した場合、サブスク管理用の商談が12個自動生成されます。
各取引は月額10万円として作成され、取引名には「【按分1回目】XX株式会社」のような識別情報が付与されます。これにより、どの契約のどの回目の請求かが一目で分かります。
まず、HubSpotで「按分月数」という新しいプロパティを作成します。これは、一つの契約を何ヶ月に分けて管理するかを指定するためのフィールドです。
プロパティの設定方法:
商談管理とサブスク売上管理を分離するため、以下の2つのパイプラインを用意します。
商談管理パイプラインのステージ例
サブスク売上管理パイプラインのステージ例
この分離により、営業活動の進捗と実際の請求状況を独立して管理できます。
HubSpotのワークフロー機能を使用して、自動化プロセスを構築します。
トリガー設定:
アクション設定:
按分月数に応じて、以下の処理を自動実行します。
取引名の設定: 元の取引名の前に「【按分○回目】」を付与します。例えば、「ABC株式会社」の契約であれば、「【按分1回目】ABC株式会社」「【按分2回目】ABC株式会社」のように命名されます。
金額の設定: 元の取引金額を按分月数で除算した値を各取引に設定します。120万円を12ヶ月で按分する場合、各取引は10万円となります。
パイプラインの設定: 生成される取引は全て「サブスク売上管理パイプライン」に所属し、初期ステージは「請求予定」に設定されます。
クローズ日の設定: 生成時点ではクローズ日は空欄とし、実際の請求予定日は後から手動で設定します。これにより、契約条件や顧客の要望に応じた柔軟な請求スケジュール設定が可能になります。
元の商談と生成されたサブスク売上管理用の取引を関連付けることで、以下の利点が生まれます。
商談進捗の管理 営業担当者は従来通り商談管理パイプラインで営業活動を管理できます。成約後は、自動的にサブスク売上管理用の取引が生成されるため、追加の作業は不要です。
売上予測の精度向上 月次での売上予測が格段に正確になります。各取引のクローズ日を適切に設定することで、いつどの程度の売上が計上されるかを正確に把握できます。
請求管理の効率化 サブスク売上管理パイプラインを確認することで、今月請求すべき取引が一覧で把握できます。請求完了後は取引ステージを「請求済み」に変更し、入金確認後は「入金確認済み」に更新します。
売上実績の可視化 HubSpotのレポート機能を活用して、月次売上実績や予測値をダッシュボードで可視化できます。これにより、経営陣への報告資料の作成も効率化されます。
契約更新の準備 各取引の按分状況を確認することで、契約更新のタイミングを事前に把握できます。最終回の請求が近づいた取引については、更新商談の準備を開始できます。
顧客の支払い状況管理 延滞が発生した場合、該当取引のステージを「延滞」に変更し、適切なフォローアップを実施できます。
自動生成される取引と元の商談の整合性を保つため、以下の点に注意が必要です。
プロパティの必須入力 按分月数と金額は必須入力とし、これらが入力されていない取引は成約ステージに移行できないよう制御します。
データ検証の実装 按分月数が異常値(0や負の数)でないかをチェックし、エラー時は適切なアラートを表示します。
パイプライン別の権限設定 営業チームは商談管理パイプラインの編集権限を持ち、経理チームはサブスク売上管理パイプラインの編集権限を持つよう設定します。これにより、適切な責任分界を保てます。
取引の削除制限 自動生成されたサブスク売上管理用の取引は、誤って削除されないよう適切な権限設定を行います。
クローズ日の設定ルール 生成された取引のクローズ日設定について、明確なルールを策定します。例えば、月末締めの翌月末払いの場合、各取引のクローズ日をどのように設定するかを事前に決めておきます。
ステージ更新のタイミング 請求書発行、入金確認など、各ステージ変更のタイミングと責任者を明確にします。
業務効率の向上 請求管理の自動化により、月次の請求業務にかかる時間を大幅に短縮できます。また、人的ミスによる請求漏れやダブルブッキングのリスクも軽減されます。
意思決定の迅速化 リアルタイムでの売上データ把握により、経営判断に必要な情報をタイムリーに取得できます。
顧客満足度の向上 請求プロセスの標準化により、顧客への請求タイミングや内容の一貫性が保たれ、顧客からの問い合わせ減少にもつながります。
導入効果を測定するため、以下のKPIを設定することを推奨します。
HubSpotを活用したサブスク売上管理の自動化は、SaaS事業者にとって大きな競争優位性をもたらします。商談管理とサブスク売上管理を同一プラットフォーム上で実現することで、営業プロセス全体の効率化と精度向上を同時に達成できます。
実装には適切な準備と運用ルールの策定が重要ですが、一度構築すればサブスクリプションビジネスの成長を強力に支援するツールとなります。まずは小規模での試験導入から始め、段階的に適用範囲を拡大していくことをお勧めします。
筆者紹介 中元鈴香
BtoB領域に特化したSEOライター。5年以上にわたり、SaaS、IT、人材、コンサル業界のコンテンツ設計とライティングに従事。上場企業のオウンドメディア立ち上げや、中小企業のSEO内製化支援も多数経験。